中部人類学談話会第229回例会開催のお知らせ
御案内:
中部人類学談話会第229回例会を下記の要領で開催いたします。なお、例会は日本文化人類学会の中部地区研究懇談会をかねて開催されています。参加無料で、例会は一般に開放されています。事前登録の必要はありません。
中部人類学談話会第229回例会、第27回まるはち人類学研究会合同企画
「出家」とはなにか:タイとミャンマーの比較民族誌的研究
日時:2015年4月5日(日曜日)13:30~17:00
場所:南山大学R棟R31号室
13:30-13:45:趣旨説明 藏本龍介(南山大学)
13:45-14:35:岡部真由美(中京大学)「出家者による世俗への接近:現代タイ社会における上座仏教僧の「開発」からみた僧俗の境界をめぐって」
14:35-15:25:藏本龍介(南山大学)「現代ミャンマー社会における「出家」の挑戦:贈与をめぐる出家者/在家者関係の動態」
15:25-15:40:結論・考察(岡部、藏本)
15:40-16:00:休憩
16:00-16:15:コメント① 速水洋子(京都大学)
16:15-16:30:コメント② 石森大知(武蔵大学)
16:30-17:00:総合討論
企画趣旨
「出家」とはなにか:タイとミャンマーの比較民族誌的研究
「出家」とはなにか。出家者として生きるとはどういうことか。本企画ではこの問題について、現代タイとミャンマー(ビルマ)を事例として検討する。上座仏
教の出家生活は、潜在的なジレンマを抱えている。つまり一方で、「出家」という言葉が含意しているとおり、出家生活は家(社会)から離れることを重要な前
提としている。その一方で、出家生活は世俗社会に深く埋め込まれている。なぜなら出家者は社会からの物質的支援なしには生きられないからである。それでは
実際に出家者は、社会とどのように関わっているのか。
実はこの問題は、先行研究において大きな盲点となっている。人類学的な仏教研究の特徴は、
たとえばE.リーチによる「実践宗教(practical
religion)」という概念に鮮やかに示されている。つまりリーチによれば、確立した教義をもつ制度宗教(キリスト教、イスラーム、仏教など)を対象
とした研究は、文献学的な教義研究に偏っている。しかし実際に実践されている宗教(実践宗教)は、教義としての宗教、つまり「哲学宗教
(philosophical religion)」と大きく異なるとし、「一般信徒(ordinary
churchgoer)」の生活の中に、現に生きている宗教を研究対象とするべきであると提唱した(Leach ed. 1968)。
教義では
なく、実践を研究する。いいかえれば、仏教徒の生き方を研究する。これが人類学的な仏教研究の重要な特徴の一つであるといってよい。ただしこうした文脈に
おいては一般信徒である在家者の、教義とは異質な、あるいは新しく動態的な仏教実践に焦点があたる一方、宗教的専門家である出家者は、それゆえに教義仏教
の担い手とみなされ、周縁化されるという傾向を生んでいる。出家者はいわば教義に規定された存在であり、その実践は仏教学の成果を参照すれば事足りるとい
うわけである。
もちろん、出家者についての言及がないわけではない。たとえば初期(1960~1970年代)の研究では、村落レベルや国家レベル
における出家者の役割が分析された(石井 1975; Bechert 1967-1973; Gombrich 1971; Spiro 1970;
Tambiah 1970,
1976など)。またM.カリサースやS.タンバイアは、出家生活の現実態を、<土着化(出家者が社会と共生関係を取り結ぶこと)⇔原理主義的改革(それ
に反発して「出家」の理想を追求する動き)>、あるいは<村・町の僧(社会の中心を担う僧)⇔森の僧(社会から離れる僧)>の往還として整理している
(Carrithers 1983; Tambiah
1984)。さらに1980年代半ば以降は、出家生活を社会変動や地域的固有性といったコンテクストから捉えようとする研究が現れている
(Gombrich & Obeyesekere 1988; 田辺編 1993, 1995; 林編
2009など)。その他、出家生活の民族誌と呼びうるような成果も例外的ながら存在している(生野 1975, 青木 1979など)。
しかし
これらの議論は、出家者をいわば社会の側から捉えようとするものであり、ほかならぬ出家者自身が、社会との関係をいかに捉え、どのように関わろうとしてい
るのか、といった諸点を十分に問題化できていない。出家生活の現実態を把握するためには、出家者と社会の関係を、構造的なパターンや時代的・地域的なコン
テクストに解消してしまうのではなく、出家者自身の視点から捉え返す必要がある。そこで本企画では、現代のタイとミャンマー(ビルマ)を事例として、対照
的な出家生活の実態を民族誌的に描写する。それによってタイおよびミャンマー社会を逆照射すると同時に、社会との関係を不断に微調整し続けることによって
維持・変化し続ける「出家」という運動の内実を明らかにすることを目的としている。こうした作業を通じて、人類学的な制度宗教研究の新たな可能性を模索し
たい(cf. 岡部 2014; 藏本 2014)。
参照文献
青木保
1976 『タイの僧院にて』中央公論社。
生野善應
1975 『ビルマ仏教:その実態と修行』大蔵出版。
岡部真由美
2014 『「開発」を生きる仏教僧:タイにおける開発言説と宗教実践の民族誌的研究』
風響社。
藏本龍介
2014 『世俗を生きる出家者たち:上座仏教徒社会ミャンマーにおける出家生活の民族誌』法藏館
田辺繁治(編)
1993 『実践宗教の人類学:上座部仏教の世界』京都大学学術出版会。
1995 『アジアにおける宗教の再生:宗教的経験のポリティクス』京都大学学術出版会。
林行夫(編)
2009 『<境域>の実践宗教:大陸部東南アジア地域と宗教のトポロジー』京都大学学術出版会。
Bechert, Heinz
1966-1973 Buddhismus, staat und gesellschaft in den ländern des Theravāda-Buddhismus. 3 vols. Frankfurt a. M.; Berlin: Metzner.
Carrithers, Michael
1983 The forest monks of Sri Lanka: an anthropological and historical study. Oxford: Oxford University Press.
Gombrich, Richard F.
1971
Buddhist precept and practice: traditional Buddhism in the rural
highlands of Ceylon. Delhi: Motilal Banarsidass Publishers.
Gombrich, Richard & Gananath Obeyesekere
1988 Buddhism transformed: religious change in Sri Lanka. Princeton, N.J.: Princeton University Press.
Leach, Edmund R. (ed.)
1968 Dialectic in practical religion. Cambridge papers in social anthropology Vol.5. Cambridge: Cambridge University Press.
Spiro, Melford E.
1970 Buddhism and society: a great tradition and its Burmese vicissitudes. New York: Harper & Row.
Tambiah, Stanley Jeyaraja
1970 Buddhism and the spirit cults in Northeast Thailand. Cambridge: Cambridge University Press.
1976
World conqueror and world renouncer: a study of Buddhism and polity in
Thailand against a historical background. Cambridge: Cambridge
University Press.
1984 The Buddhist saints of the forest and the cult
of amulets: a study in charisma, hagiography, sectarianism, and
Millennial Buddhism. Cambridge: Cambridge University Press.
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