Archive for 6月, 2011

2011/06/24

第7回 まるはち人類学研究会(7月16日開催)

第7回研究会 「ポストユートピアの映像化」

開催場所:南山大学人類学研究所

13:00-15:00 レオニード・ロペス(”霧の工場” 脚本・監督)”霧の工場” (Fábrica de Humo)
15:15-16:30 田沼幸子(大阪大学特任研究員)”キューバ・センチメンタル” (Cuba Sentimental)
16:30-17:10 コメント
石塚道子(お茶の水女子大学人間文化創成科学研究科教授)
岡田秀則(東京国立近代美術館フィルムセンター主任研究員)

発表要旨等については、研究会ブログ
http://maruhachijinruigaku.blogspot.com/
ポスターについては、研究会ウェブサイト
https://sites.google.com/site/maruhachianthropology/home/2011nendo-kenkyuu-kai-1/dai-7kai-kenkyuu-kai
にアップロードしております。

2011/06/24

第6回 まるはち人類学研究会(7月2日開催)

第6回研究会 「沖縄の祭祀研究はどこへいったのか?:古典研究とポストコロニアル理論を架橋する試論としての『移動』と『祭祀』」

開催場所:南山大学人類学研究所

13:30-13:40 趣旨説明

13:40-14:20 越智郁乃(広島大学・特別研究員)「記憶のメディアとしての墓と人:現代沖縄における墓の移動を事例に」

14:20-15:00 平井芽阿里(京都大学大学院・グローバルCOE研究員)「本土の沖縄系コミュニティに見る「沖縄」表象 愛知県在住の沖縄県出身者の事例」

15:00-15:40 吉田佳世(首都大学東京大学院・博士後期課程)「女性の移動としての離婚/再婚:現代沖縄社会における女性の死後の処遇をめぐる新たな実践の出現」

コメント
15:50-16:05 田中真 砂子(お茶の水女子大学・名誉教授)
16:05-16:20 村松彰子(相模女子大学・専任講師)

討論
16:20-17:20

  * * *

「沖縄の祭祀研究はどこへいったのか?:古典研究とポストコロニアル理論を架橋する試論としての『移動』と『祭祀』」

◆ 本企画の目的
 本企画の目的は、かつてあれほどまでに興隆した沖縄の祭祀研究(村落祭祀・祖先祭祀)を、いかにポストコロニアル批判以降の現代の文化人類学(以下、人類学と表記)・民俗学の地平に位置づけるのかを模索・検討することにある。
これまで沖縄は、祭祀のみならず親族、世界観など人類学的・民俗学的研究の要であった[e.g.馬淵1955(1974)、村武1975]。現在でも、日本の「周辺」にあるというその位置性故に、ポストコロニアル批判や研究の焦点的な事例とされる地域である[e.g.村井1992、冨山1990、菊池2010ほか]。ところが、ポストコロニアリズムの興隆の背後で、沖縄の祭祀は古典的研究主題として位置づけられ、研究主題としては周辺化 されているという現状がある。しかし、沖縄の祭祀は、「本土化」と呼ばれる以上の急激な社会変化のなか、いまなお人々の関心を集め、創造的な実践が行われている舞台である。このことを考えると、沖縄の祭祀研究は、決して過去の研究主題ではなく、様々な点で現在の人類学・民俗学の動向と切り結ぶ点を有していると考えられる。
本企画では、グローバル化の一局面であるヒトの移動をとりあげ、そのなかで伝統的文化事象としての位置づけをもつ沖縄の祭祀が、現代沖縄社会という文脈のなかでいかに維持され、再構築されているか個別具体的に明らかにする。発表と討論を通じて、これまでほとんど光が当てられてこなかった祭祀の様相を描き出すとと もに、今後いかなる人類学・民俗学の議論に位置づけることができるのかを模索していきたい。

◆ 沖縄研究の流れ――明治期から現代まで
 原による沖縄研究の時代区分に依拠しながら[cf. HARA 2007]、本稿では大きく三つの時代に区分する。第一期は、明治期から1950年代に中心的に行われた、日琉同祖論を背景とした文化周圏論にもとづく日本民俗学的研究である。日琉同祖論とは、日本本土(ヤマト)と沖縄(琉球)の民族一体性を強調する仮説のことであり、日本民俗学は、双方の文化的同一性を学術的に立証することを通じてこれに寄与していたといえる。第二期は、1950年代から1980年代前半までの、主に日本本土出身の研究者によって行われた人類学的研究である。この時期は、第一期とは対照的に、沖縄を日本本土や中国の文化の折衷としてではなく、独自の文化として捉えることを目的としており、フィールドワークを通じてひとつの村落を集中 的に調査するという研究手法が主流となった[新井1970]。そして、最後に、1980年代後半から現在まで、ポストコロニアリズムが興隆した第三期である。第三期は、先行研究批判と新たな研究主題の掘り起こしが同時に進められたため、ひとつの研究傾向を抽出することは難しいが、対抗的な沖縄人アイデンティティの構築や、観光や芸術、基地文化などの複数文化接触領域(コンタクト・ゾーン)に多く研究関心が向けられているといえる。
本企画のテーマである祭祀が、人類学および民俗学において積極的に議論されたのは、第二期のことである。この頃、西欧由来の構造=機能主義人類学の影響をうけ、祭祀にまつわる諸観念(祖先観、霊魂観、他界観)と祭 祀集団原理やその実践との対応関係が注目された[e.g.大胡1973ほか]。とりわけ、祖先祭祀とそれを担う祭祀集団である門中やその組織化と深いかかわりをもつ社会関係は、沖縄の出自集団として注目され、議論が集中する主題であった[中根1962、東京都立大学南西諸島研究委員会1965、田中1982、渡邊1985ほか]。このような研究手法がとられたのは、当時、祭祀の研究は、事例として扱った祭祀や祭祀集団の個別的理解のみならず、より広く当該地域レベルでの親族・社会システムの解明に寄与できると想定されていたからである。また、この頃は、日本本土出身の人類学者がこぞって沖縄調査を行った時期でもある。そのため、数百にもおよぶ沖縄の祭祀を主題と するモノグラフが刊行されたのである。

◆ ポストコロニアル批判とその問題点
沖縄の祭祀研究の退潮は、単にポストコロニアリズムによる先行研究批判のみに起因するものではない。人類学における親族研究の退潮という学術的な要因はもちろんのこと、日本全体が高度経済成長をむかえ、その経済力をもとに日本本土出身の人類学者が海外へと研究地を拡大していったこと、沖縄社会自体もその在り方を変えたことなど、学術的動向と社会的動向とが絡み合いながら生じたものであるといえる[吉田 2008]。そのなかで、ポストコロニアリズムによる先行研究批判は、人類学・民俗学がこれまで行ってきた祭祀研究の問題点をより具体的に明らかにしたとして評価することができる。
ポストコロニアリズムが これまでの沖縄の祭祀研究に対して投げかけた批判は、民族誌論、沖縄人のアイデンティティ、基地といった現代的諸問題、研究者の位置性・政治性など多岐にわたっている。なかでも影響力のあったポストコロニアル批判としては、人類学・民俗学的研究の「本土化による荒廃のない」伝統的文化事象や村落共同体への選好を批判した太田の指摘であろう。太田によれば、人類学的な沖縄研究が、集落単位でのモノグラフィックな調査が主流を占めており、より原初的で、自己完結的な集落を選定してきたのではないかと述べている。彼は、こうした人類学の研究手法を、文化を消えゆくものとして語ろうとする意志であるとし、クリフォードに習い「エントロピッ クな語り」であると批判した。そのうえで、対象社会の人々の実践を文化の創造過程として捉える事を提唱し、従来の研究において見過されがちであった観光、開発、芸術など異種混淆性に着目した新しい研究主題を掘り起こす流れを作りだしたといえる[太田1998]。
確かに、第二期のフィールドワークによってひとつの集落を集中的に調査するという研究手法の結果、外部からの影響、たとえば、より巨視的な歴史的・政治的な脈絡との関わりを十分考慮していなかったという問題点は、本企画のテーマである移動という問題にも関わってくる指摘である。しかし、それが「エントロピックな語り口」であったかどうかということについては疑問が残る。とりわけ 、第二期のモノグラフを詳細に検討すれば、沖縄の祭祀を沖縄戦後の人々の示す創造的対応として記述してきた研究も少なくないからである[e.g. 村武 1971]。先行研究をエントロピックな語りとして先行研究を一枚岩化し、沖縄の祭祀を古典的研究として周辺化するという昨今の沖縄研究の現状は、逆に、これらの事象を非歴史的、無時間的なものとして固定化する危険をはらんでいるのではないだろうか。

◆ 移動を考える
本企画では、日本本土において形成される移住者たちの沖縄系コミュニティ(平井)、沖縄戦後の都市形成と交通網の発展による向都離村(越智)、離婚や再婚による女性の家間移動(吉田)など、さまざまな現代的局面をヒトの移動として捉えていく。そのうえで、「社会変容によって伝統文化がかように変化した」というような、近代と伝統とを排他的な二分法によって実態的に捉えることから逃れられるような研究発表を目指していく予定である。

◆ 参考文献
新井ウィリアム 1970「中国および日本のメモリアリズムと祖先崇拝」『社』3(1):1-9。
大胡欽一1973「祖霊観と親族慣行――琉球祖先崇拝の理解を目指して」日本民族学会(編)『沖縄の民俗学的研究――民俗社会と世界像』pp.169-206.東京:民族学振興会。
太田好信1998『トランスポジションの思想――文化人類学の再想像』世界思想社。
菊池夏野 2010『ポストコロニアリズムとジェンダー』青弓社。
高良倉吉1996「琉球史研究からみた沖縄・琉球民俗研究の課題」『民族学研究』61(3):463-467。
田中真砂子 1982「出自と親族」渡邊欣雄(編)『現代のエスプリ3親族の社会人類学』pp.83-108.至文堂。
東京都立大学南西諸島研究委員会(編)『沖縄の社会と宗教』東京:平凡社。
冨山一郎 1990『近代社会と「沖縄人」――「日本人」になるということ』日本経済評論社。
中根千枝1962「沖縄の社会組織 序論」『民族学研究』27(1):1-6。
馬淵東一 1955(1974)「沖縄先島のオナリ神」『馬淵東一著作集3』pp.123-45. 世界思想社。
村井 紀 1992(2004)『南島イデオロギーの発生――柳田國男と植民地主義 新版』岩波書店。
村武精一 1971「沖縄本島・名城のdescent・家・ヤシキと村落空間」『民族学研究』、36(2):109-150。
―――― 1975『祭祀空間の構造――社会人類学ノート』東京大学出版会。
渡邊欣雄 1985『沖縄の社会組織と世界観』新泉社。
吉田佳世 2008「沖縄の祖先祭祀と社会組織に関する研究動向――1960年代以降の位牌 祭祀研究を中心に」、『社会人類学年報』34:177-201。
HARA, T. 2007“Okinawan Studies in Japan, 1879-2007.”Japanese Review of Cultural Anthropology 8:101-136.