Archive for 10月, 2010

2010/10/26

20101026: 人類学フェスティバル2010 in NAGOYA 「人類学のおもちゃ箱」 (11月21日開催)

後藤明会員(南山大学)からお知らせがありましたので転載いたします。
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人類学フェスティバル2010 in NAGOYA
「人類学のおもちゃ箱」

南山大学人類学研究所
所長 後藤 明

 本研究所では人類学に対する理解を社会に広めるために、研究活動の一環として人類学フェスティバル「人類学のおもちゃ箱」を開催します。「おもちゃ箱」と命名した理由は、さまざまなものが共存している現代的な状況を象徴し、参加者の立場からはどこから何を取り出しても面白いという驚きや楽しさが期待できる時空間を提供したいという趣旨からです。
 人類学はフィールドワークを基本とし多様な方法論を採用します。その成果の発表は文字情報だけではなく、画像、映像など多様なメディアを必要とします。事例によっては研究者自らが何かを実演する、あるいはワークショップ形式で物を作るなどの体験も研究成果還元のために必要になってくるわけです。
 人類学のフィールドは日本国内から世界におよびます。しかし地元愛知、名古屋あるいは八事地区においても伝統的な文化の維持や復興活動、あるいは伝統に基づき新たな文化の創造活動も盛んです。また文化の表現も従来にない斬新な形になってきています。そのような活動に関わる市民の方々や他学の学生にも発表の場を提供し、相互交流を通して研究者や学生が社会地元の文化活動と関わっていくきっかけとするのも目的です。その意味で本企画は実践的な人類学の試みでもあるといえます。本研究所がそのように社会に開かれた大学の窓口になることは意義あることであり、また本企画を通して市民からの人類学へ対するフィードバックを直接聴くことで研究所活動の活性化を期待できると考え、本企画を提案しました。

計画中の企画
 本研究所の所員である南山大学人文学部人類文化学科教員の担当するアフリカ、インド、沖縄(フィールドワークゼミ)、名古屋文化発掘(例 からくり人形や名古屋駄菓子を題材)等のゼミにおいて、夏休みを中心に行われたフィールドワークの成果、とくに画像や映像あるいは民族資料を展示します。さらにパフォーマンス(例 衣装着用や民族ゲーム実演)、コーヒー・紅茶試飲などの形でその地域の文化の多角的理解を図る試みを行います(ロゴスセンター内)。金城学院大学から参加するゼミは、ビーズの装身具作りのワークショップを行い、日頃から身につけている装身具を自ら作ることによって観察眼を高め、体を飾る意味を考えることを目指しています(C棟2F)。
 また市民参加企画として、八事商店街の伝統行事「八事の蝶」保存会の会長にお越しいただき、八事の蝶の歴史や由来のミニ講演のあと、蝶々作りのワークショップを行う予定です(C棟2F)。さらに八事で活動している創作舞踊「舞工房」のメンバーによる、日本の伝統文化の新しい表現である三味線の弾き語りと踊りを「般若心経」「枕草子」「万葉集」などを題材に演じてもらいます。踊りと同時に切り絵細工を本学学生が作り、音楽に合わせ演ずる予定です。弾き語りの前座として千種区で紙芝居を実践している方が「浦島太郎」の紙芝居と同時に名古屋駄菓子をお配りします(ロゴスセンター・メインホール)。メインホールではフラの講演もあります。 
 C棟1階の食堂スペースにおいては「人間の身体のモノ化」をキーワードとした企画展を行います。昨年度埼玉県鶴ヶ島市から南山大学人類学博物館に移管されたニューギニア美術コレクションの一部(例 仮面や祖先像)および名古屋・東海地区の伝統の技である「からくり人形」の研究発表と展示も行います。 

主催:南山大学人類学研究所
共催:南山大学人文学部人類文化学科
協力:金城学院大学
日時:2010年11月21日(日)、10:00~17:00
会場:南山大学名古屋キャンパスロゴスセンターおよびC棟1階、2階(食堂スペース)
参加:無料  ※ただし一部は実費をいただく予定です。

チラシはこちらからご覧になれます:zinn3.pdf

2010/10/19

20101019: 第5回中部大学中国語中国関係学科セミナー(11月6日開催)

会員の渡邉欣雄さん(中部大学)からご案内がありましたので、転載いたします。

5回中部大学中国語中国関係学科セミナー/特別企画・国際関係学専攻セミナー

メインテーマ 海洋と移動

こんにちの「グローバル中国」化現象は、およそ1000年前にも認められた。それは「海洋」面を利用した、「人とモノの移動」によっていた。そしてこんにち、中国のみならず「海洋」利用のさまざまな「移動」現象が認められる。



日時 2010116 午後1時~7時 

会場 中部大学20号館12階大会議室


以下から、プログラムがダウンロードできます。
2010/10/08

20101008: せかいSATOフェスタ「先住民族サミットinあいち2010」(10月15-18日開催)

会長の稲村さんから、以下のお知らせをいただきましたので、転載いたします。

10月15日から18日、せかいSATOフェスタ「先住民族サミットinあいち2010」。(主催:愛知県立大学、WIN-AINU、朝日新聞社、協力:中部人類学談話会、椙山人間学研究センター、ほか)が開催されます。チラシと、昨日朝日新聞社に掲載された告知記事のファイルを添付しますので、会員のみなさまに配布していただけると助かります。海外から先住民族10名を招聘、アイヌの方々も北海道、東京、大阪からの音楽・舞踊グループをはじめ、30名ほどが集まります。


以下のリンク先からダウンロードができます。
2010/10/06

まるはち人類学研究会第3回研究会 健康を相対化する―規定された「健康」と抵抗・受容

まるはち人類学研究会からご案内をいただきましたので、転載いたします。

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下記の要領で研究会をおこないます。
皆様ふるってご参集ください。
( 各発表者の要旨は後日追加いたします)

日時:10月23日(土):14時-17時10分頃 終了後懇親会あり
場所:南山大学名古屋キャンパス人類学研究所 1階会議室
http://www.nanzan-u.ac.jp/JINRUIKEN/index.html

健康を相対化する―規定された「健康」と抵抗・受容
14:00-14:10 趣旨説明

14:10-14:50 菅沼文乃(南山大学大学院人間文化研究科博士課程後期)
「差異化される老年者―画一化されたマイノリティ」

15:00-15:40 大谷かがり(中部大学生命健康科学部保険看護学科)
「『私たちは援助を受ける側ではない』
―日系ブラジル人の健康をめぐる人々の実践を通じて」

15:50-16:10 コメント 松尾瑞穂(新潟国際情報大学情報文化学部情報文化学科)

16:10-17:10 討議

「健康を相対化する―規定された「健康」と抵抗・受容」

健康問題と人類学
健康問題を人類学的視座から見る。これは医療人類学の一つのテーマである。医療人類学は、当該社会における健康・病気観や医療行為のみならず、身体の文化的適応、ライフサイクル、異文化接触による健康への影響等についての研究課題を提起する。そのうちの一つに、健康概念に関する研究がある。この分野においては、中米ホンジュラスにおける西洋近代医療の「健康」の言説に対する村落民の実践(池田1996)、近代日本における健康言説の構築過程についての研究(野村2009)など、グローバル時代において近代医療が直面しうる健康概念の諸問題に関する研究がおこなわれている。

「健康」と差異/健常
また、近年の医療を対象とする人類学の主要なテーマのひとつに、社会的マイノリティとされる人々の医療実践の研究がある。
しかしながら、社会的マイノリティというカテゴライズ自体、ある種の権力性が潜んでいることに注意しなくてはならない。つまりカテゴリーを特定するための科学技術と、カテゴリーを定義する社会認識の相互作用である。例えばゴフマン(1961)による施設制度による「差異」化の問題の指摘は、人々が社会的マイノリティとされる権力構造を明らかにするものである。
差異化の議論は、カテゴリー化の社会学的批判と医療科学分野からの反批判を含んでいる。それはたとえば「社会的諸制度による差異化」をめぐる論争であり、またそれに対する脳科学・遺伝子研究による身体的な優性の選択、すなわち科学的に「差異」と「健常」を区別する方法の問題性である。社会の諸制度は移民などの民族的マイノリティを生み出し、また科学的医療は身体障害やジェンダー/セクシュアリティの問題を代表とする差異化の作用を担っている。この構造は、マイノリティとされる人々の様々なかたちの抵抗に現われる。

本企画の企図―「健康」概念への抵抗
医療世界のさまざまな実践を研究してきた医療人類学の議論は、医療のありかたのみならず、それを受容/抵抗する個々人のそれぞれの受容の仕方も多様であることを明らかにしてきた。
社会的マイノリティとされる個人は、医療との接触の際に起こるコンフリクトを最小限に食い止めるために、さまざまな実践を行っている。それは近代的疾病・健康の観念・予防・治療行為の把握であり、それにもとづく治療行為の適用の仕方の模索、さらにはマイノリティとされる人々による主体的連帯の結成である。その背後には様々なかたちでの差異化、そして権力への抵抗がある。差異化される人々がどのように近代医療世界の中で生きていくのか。それは差異と「共に」生きることを意味する。
本企画では、健康概念と制度による社会的マイノリティの構築、社会的マイノリティの健康に関する実践を取り上げる。健康概念に対するさまざまな抵抗、あるいは受容のありかたをひろいあげることによって、近代医療世界を生きる人々の「健康」のあり方を描き出していく。

参照文献
池田光穂
1996 「健康の概念と医療人類学の再想像」『医療人類学』第21号、pp.1
野村亜由美
 2009 「健康についての医療人類学的一考察- WHO の健康定義から現代日本の健康ブームまで-」『保健学研究』 21(2)、pp.19-27

Goffman, Irving
1961  Asylums: Essays on the Social Situation of Mental Patientsand Other Inmates, Doubleday=19840305 (石黒毅訳,『アサイラム――施設収容者の日常世界』,誠信書房)

差異化される老年者―画一化されたマイノリティ
南山大学大学院人間文化研究科 菅沼文乃

本発表は、健康の制度が老年者を社会的マイノリティとする過程を明らかにするものである。ここで注目するのがQOL(quality of life)概念であり、本発表ではこの概念にもとづく健康の制度が、対象を社会から差異化されたマイノリティとする作用をもつことを指摘する。
1980年代末から急速に医学分野に浸透したQOL(quality of life)概念は、「生活の質」あるいは「生命の質」と訳される、もともとは社会学的あるいは経済学的分野で使用されていた概念である。この概念の導入には、寿命の長期化や慢性病の社会問題化に伴い、患者の余命を伸ばすという量的(quantity)な問題のみではなく、患者の快適な生活を重視するという傾向、すなわち質的(quality)な問題への着目があった。
老年者のQOLについては、老年という性質上身体的な衰えや持病などの要素が複合的に含まれるため、一般的な患者に対する評価よりも多岐に渡る視点から考慮される必要がある。老年者は社会的立場をはじめ、疾病構造自体も若壮年者とは異なっているため、QOLのありかたはもちろん、評価に関しても特殊な状況におかれていることに注意しなくてはならない。たとえば老年者のQOLは健康上や合併疾患によるADL(activities of daily living:日常生活動作)の変化の影響を受けやすく、また精神心理的側面からも老年者のQOLの評価上の問題点があげられている。このような高齢者のQOLを構成する要素は精神的側面と社会的側面である。本発表はこのうち、QOLの社会的側面に焦点を当てる。その一端を担うのが高齢者福祉制度である。
近年の日本の高齢者福祉制度は高齢者の「主体的な社会参加」を強調している。これは65歳以上の「高齢者」の増加により、従来的な保護的サービスの提供という形での福祉の存続が困難になったこと、また介護を必要としない高齢者の増加を背景としている。「高齢者の社会参加」は高齢者福祉政策の「高齢者にサービスを提供する」という認識に、「高齢者の能力の社会への還元を期待する」という点を付け加えることとなった。高齢者福祉政策における「期待」概念の誕生において本発表で留意すべき点は、それまでの政策に関して常に受動的な客体であった高齢者像とは違う、「主体性」をもった高齢者像が求められている点、その発揮の手段として社会参加が奨励されている点である。
こうした高齢者福祉サービスは「生活支援サービス」として、従来からある数多くの生活関連サービスを複合しつつ、ネットワーク化を図るものである。これは老年者の社会ネットワークへの再包摂を意味する。社会との積極的な関与は、老年者のQOLの社会的側面を満たすものである。しかしながらこれはQOLの「主体的」な充足ではない。
しかしこれらの医療の指向や福祉制度がイデオロギー装置となる場面もある。このイデオロギー装置の方向は、老齢者を特殊なQOLを必要とする集団として客体化すること、増加の一途をたどる高齢者医療の国家負担を軽減させるための介護予防、そして、老年者を福祉制度の対象である「高齢者」として規定すること、である。制度の対象となる「高齢者」という社会的マイノリティをめぐる支援は、支援される権利をもつ老年者を社会的マイノリティとする仕組みを、構造的に作り出しているのである。

主要参照文献
オライリー,イヴリン.M.2004(1997)『「老い」とアメリカ文化~ことばに潜む固定観念を読み解く~』田中典子・鶴田庸子・鈴木恵子・仁木淳共訳、リーベル出版。(O’Reilly, Evelyn M. 1997 Decoding the Cultural Stereotypes about Aging. Routledge.)
辻正二2000『高齢者ラベリングの社会学:老人差別の調査研究』、恒星社厚生閣
黒岩亮子2001「生きがい政策の展開過程」、『生きがいの社会学―高齢社会における幸福とは何か―』、高橋勇悦・和田修一(編)、 弘文堂:215頁-241頁
三上洋「高齢者のQOL」『老年医学』荻原俊男編2003朝倉書店
吉川明・宮崎隆保2008「重度・重複障害者におけるQOL評価法の検討」『新潟青陵大学短期大学部研究報告』第38号147-153
武藤正樹1995「QOLの概念の歴史と構造」『QOL の概念に関する研究 平成6年度健康・体力づくり財団健康情報研究事業報告書』大塚俊男・武藤正樹・萬代隆他、健康・体力づくり事業財団.
武藤正樹・今中雄一1993「QOL の概念とその評価方法について」『老年精神医学雑誌』4(9)
Schipper H 1984 Measuring the quality of life of cancer patients: The functional living index-cancer:Development and validation. J Clin Oncol 2 pp472-483
Neugarten B, Havighurst R, Tobin S 1961 The measurement of life satisfaction. J Geweontol 16:pp134-143

「私たちは援助を受ける側ではない」―日系ブラジル人の健康をめぐる人々の実践を通じて―
中部大学生命健康科学部保健看護学科 
大谷かがり

1990年の出入国管理及び難民認定法の在留資格の再編により、多くの日系ブラジル人が働くために日本にやってきた。中でも豊田市は日本でも有数の製造業が盛んな町であり、中南米から数多くの人々がデカセギにやってきている。豊田市の日系ブラジル人のコミュニティに関する社会学研究は、日本人の生活支援活動や日系ブラジル人の就労形態から、援助を必要とする日系ブラジル人、地域につながらない日系ブラジル人や解体したコミュニティについて論じてきた。しかし、そこに暮らす人々の視点から日系ブラジル人について考えたとき、援助を受ける側とそうでない側という二項対立の枠を超えた、コミュニティの参加者の思惑が交錯する複雑なコミュニティのありようが見えてくる。入管法の改定より20年以上経過した今、日系ブラジル人の地域社会での生き方についてもう一度考えたい。
2008年の不況以降も、豊田市には約15000人の外国人が暮らしている。豊田市では、日本人には自明の健康概念や公衆衛生の観念が在住外国人に通用せず、在住外国人、地域住民、行政との間で摩擦が起こっている。住民の約5割がブラジル人である保見団地では、NPOやボランティアグループが、在住外国人と日本人双方に互いの社会的、文化的相違を伝え、地域で暮らすためのサポート活動を行っている。保見団地を中心に活動する外国人医療支援グループは、日系ブラジル人と日本人が健康について話し合う場を設け、健康で暮らすために必要な情報を日系ブラジル人のコミュニティに発信し続けている。本報告では、外国人医療支援グループの活動を事例に、日系ブラジル人の子どもの健康とその問題をめぐる人びとの実践と戦略に着目し、健康という視座から日系ブラジル人のコミュニティについて考えたい。